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ジョン・ロス (北極探検家) : ミニ英和和英辞書
ジョン・ロス (北極探検家)[いえ, け]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きた, ほく]
 (n) north
北極 : [ほっきょく]
 【名詞】 1. North Pole 
: [きょく, ごく]
  1. (adv,n) quite 2. very 
探検 : [たんけん]
  1. (n,vs) exploration 2. expedition 
探検家 : [たんけんか]
 (n) explorer
: [いえ, け]
  1. (suf) house 2. family 

ジョン・ロス (北極探検家) : ウィキペディア日本語版
ジョン・ロス (北極探検家)[いえ, け]

ジョン・ロス(英:John Ross、1777年6月24日 - 1856年8月30日バス勲章)は、スコットランドの海軍少将であり、北極探検家である。
== 伝記 ==
ロスはスコットランドのストランラーに近いインチの牧師アンドリュー・ロスの息子として生まれた。1786年、9歳の時に実習生としてイギリス海軍に入った。1789年まで地中海艦隊で勤務し、その後海峡艦隊に移った。1808年にはスウェーデン海軍に転籍している。1812年には中佐になった。
6年後の1818年、イギリス海軍本部が組織した北極探検隊指揮を任された。これは北西航路を発見する最初の試みだった。探検の目的はカナダ北部に浮かぶ諸島を縫って北極海に入り、ベーリング海峡から太平洋に出るという、新たなアジア向け航路を開拓することだった。また航海の途中では海流、潮、氷の状態および磁力を定期的に測定し、生物・鉱物の標本を集めることも任務とされた。4月、ロス率いる探検隊はイザベラ号とアレクサンダー号に分乗しロンドンを出航、8月にはカナダランカスター海峡に到着した。
ロスが参考にしていた17世紀のイギリス人探検家ウィリアム・バフィンが著した記録によると、その奥に未知の航路が続いているはずであった。しかしロスは海峡の奥に巨大な山脈がそびえているとして探検を打ち切った。ロスは実際には蜃気楼であったこの山脈を「クロッカー・ヒルズ」と名付け、一等航海士ウィリアム・エドワード・パリーエドワード・サビーンなど部下の反対があったにも関わらず帰還してしまった〔John Ross - The Arctic and More - 19th Century - Pathfinders and Passageways 〕。この探検の功によりロスは大佐に昇進するが、航海記録が1年後に出版されるやクロッカー山脈の存在には疑問が持たれ、識者の多くは探検続行を唱えた部下たちの側に立った。他の面でもこの遠征での成果は乏しく、彼の評判を幾らか傷付けた。
1829年、ロスは間違っていたことを認め、友人の一人フェリックス・ブースに再度の遠征の費用を手配してくれるよう説得した。その年の5月、このときは外輪船''ビクトリー''号で出発した。この遠征隊はランカスター海峡を過ぎて未踏の領域に入ったが、そこで氷に閉じ込められた。このため帰還までに実に4年間を要することとなったが、幸い地元のイヌイットの協力を取り付けカナダ北部を陸路探検する機会を得ることができた。これらの探検により、ロスはブーシア半島磁北極を発見した。
1832年、ロスと乗組員は最終的に船を放棄し、かなり前に別の遠征隊が放棄していた難破船まで移動した。1年後、解氷期を待ってその船に搭載されていた舟艇で出発、イギリス船に巡り会いついに氷海から脱出することができた。「この印象的な経験はロスの隊が集めた科学的また民俗学的情報とともに、ロスが長く求めていた名声をもたらした〔Library and Archives Canada 〕」しかし、ロスはその地図製作についてはまたしても議論に巻き込まれた。ロスの甥、ジェイムズ・クラーク・ロス1830年ジェイムズロス海峡で3つの島を地図に収め、それらをボーフォート諸島と命名した。ジョン・ロスはそれらの諸島を見たことは無かったが、8つないし9つの島を地図に入れ、それらをクラレンス諸島と名付けていた〔Ross 1994:195〕〔Bossi 1984:571〕。
いずれにせよこの冒険によりロスは極地探検家としての地位を確立し、イギリスとフランスの地理学者達から金メダルを授与され、スウェーデンのポールスター爵位など様々な外国の勲位を受け、翌1834年にはイギリスのナイトとバス勲章を受けた。
1850年、ロスは70歳を過ぎた高齢ながら北極海域への3度目の航海を試み、このときは1818年の探検を共にした部下、ジョン・フランクリン遠征隊を捜索したがついに発見には至らなかった。翌年ロスは将官に昇進。帰国するとスコットランドに隠棲していたが、1856年にロンドンで死んだ。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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